人物紹介

吟遊パフォーマー・アロハヌイ主催Chakkiri(チャッキリ)

石(男)の時代から、水(女)の時代へ。

アースデー運営リーダー 中川 耕一朗

来る三月二十一日・春分の日、富士山の麓で行われるセレモニーを主催するアロハヌイのチャッキリさん。「朝霧高原のふもとっぱらというところで、富士山がそのまま自分と一体になれるような場所です。自分と富士山の前に障害がないというような場所でセレモニーをやります。今回のテーマは《水・火・風・大地のセレモニー》ですが、高山の人と静岡の人を繋げるというのが、もうひとつの企画で、自分がここに縁をいただいたので、高山のスピリットを静岡にもっていきたい」と話してくれた。

静岡県出身のチャッキリさん。飛騨高山美術館のイベントプロデューサーとして、空間と音楽、イベントのプロデュースをまかされたことから四年前に来高。「高山に来る前に、セドナ(アメリカ合衆国アリゾナ州の都市。古くからネイティブ・アメリカンの聖地とされパワースポットが点在する〝癒しの町〟として人気がある)の長老会議に参加しました。高山に来たときに、セドナと同じ感覚を味わったんです。高山はスピリチュアルな場所だとよくいわれますが、せっかくいただいた縁を大切にしたい」と高山に移住。現在、《吟遊パフォーマー》として、即興性の強いパフォーマンス活動を中心に展開し、全国の地域や学校で、さらには海外でエネルギッシュな〝セレモニー〟を展開している。

チャッキリさんのパフォーマンスのルーツは幼少の頃。家族や親戚が集まったときに、一芸をやって楽しませていたことから始まる。その場にいたおとなたちが喜んでいたことを忘れないという。その後タップダンスやパントマイムと出会い、プロのパフォーマーになることを決意する。「人に楽しんで、和んでもらえるようなことをずっとやってきました。音楽との出会いは、大学を卒業するときに行ったインドでした。踊りを職業にしたいということが夢でしたが、身体をこわしたため断念、いわば傷心旅行」として行ったインドだったが、空港に着いたときにいきなり拉致された。その時、いのちの危険を感じながら出会ったインドの音楽。究極の緊張状態で聞いた解放的な音楽が原風景として、そして強烈な体験として残った。踊りは身体をこわしてできなくなったが、音楽がある、可能性を広げようと考えた。インドの経験をもとに、原始的な表現の方法をめざした。古代の音楽は、メッセージ、踊りが一体だった。「いまは即興にこだわっていまして、その場の時間や空間を音で表現するわけですが、それをみんなと共有することで、いま生きているという実感、そして生かせていただいている感謝につながるのではないか」と言う。

当日は「お互いがつながりあう時間を共有できたらいいなと。そしてただ富士山を見て楽しかったというだけでもいい。いまを楽しめる時間をつくりたい。みなで時間を楽しみつくしたい」。

サウンドセラピスト・ヴォーカル・作詞・作曲家Aika(あいか)

命の尊さを歌い続ける、癒しの歌手。

Aika(あいか)

「歌で、命の尊さを伝えよう」と、全国各地でセラピーコンサートを続けるAikaさん。
オペラやミュージカルで活躍していたAika(当時:橋本恵子)さんの人生を一変させたのは、一九九五年一月十七日の早朝に起きた阪神大震災でした。崩れた家屋の下で、生後半年の娘さんと半生き埋め状態になりました。奇跡的に救出されましたが、震災のトラウマ(心的外傷)に悩まされること一年、恐怖におびえる日々を過ごしていました。その後、たくさんの人たちに支えられて回復したAikaさんはこう言います。

「震災は、とても大事なことを教えてくれました。〝私たちが生き残ったのは、奇跡なんだ。だからこそ、今ある命に感謝しよう〟と。今思えば、これがサウンドセラピストAikaの始まりだったのかもしれません」。

それからAikaさんは、震災被害者支援をはじめ、さまざまなチャリティーコンサート、サウンドセラピーのコンサートなどに精力的に取り組むことをはじめました。
サウンドセラピーでAikaさんが大切にしているのは《呼吸》です。

「歌が始まる前に、皆様といっしょに腹式呼吸の練習をするのです。丹田(おへその下あたり)を意識して、おなかで呼吸をすると、ヨガや気功でいう〝上虚下実〟の状態になります。つまり、上半身がリラックスした状態になり、このとき、人間が本来持つ、集中力や潜在能力、自己治癒力が発揮されるのです。

現代社会は、さまざまなストレスが飛び交い、心と身体が対立している人がたくさんいます。
しかし、忘れないでください。私たちの心と体は、〝心身一如〟、一つにつながっているのです。心と体が調和すれば、ほんとうの意味で、自分自身と向き合うことができるでしょう。そして、それがストレス社会から自分を守る一歩になるのです」。

Aikaさんは著書『あなたの声が幸せを運ぶ風になる』の中にこう書いています。
「サウンドセラピーとは、私自身が癒され、再生されたプロセスなのです。
このプロセスが少しでも皆さんのお役にたてたなら、こんな嬉しいことはありません」。

スピリチュアル・カウンセラー美鈴

すべては、必然なんです。

国際政治評論家中丸 薫

去る四月二十三日・二十四日の二日間にわたって開催された[アースデー飛騨高山2011]は大盛況で、二日間でおよそ延べ三千人が集う一大イベントとなりました。二十三日に行われた美鈴さんの講演会も、会場が満席になるほどの来場者でにぎわいました。美鈴さんは、三月十一日に発生した《東日本大震災》のことをはじめ、スピリチュアルな自分自身の生い立ちなどを、さまざまなエピソードを交えながら話してくれました。

「先日、気仙沼に行ってまいりました。今回で二回目でした。体育館に避難していらっしゃる方々のストレスを発散していただいて、前向きに考え方をシフトできないか、そして元気になっていただきたいとの思いを込めました」と美鈴さん。

現地には、全国から送られてきた物資はたくさんあるのだそうですが、いま本当に必要なものが足りていないんだと行政の担当者から聞いていたことから、「いまの季節に着ることができる新品の夏物衣料を、タグをつけたままもっていって、体育館でブティックのようにならべて、みなさんに直接選んでもらいました。数が足りない物はじゃんけん大会をしてもらいました。小学生から高齢者まで、大きな声を出していっしょにじゃんけんをするうちに、口々に楽しいといってくださったんです。八十代のおばあちゃんが、『こんな楽しいことは久しぶりだ』といって喜んでくださった」。避難所の人たちは美鈴さんを覚えていて、「また来てくれたんですね、ありがとう」と駆け寄ってきたといいます。「なにか手伝うことありますか」と、みなで一緒にダンボールを運んでくれたり、一緒に並べてもらったのだそうです。そのとき、クリーニング屋さんを営んでいた人も、衣料品をハンガーにかけながら「二十数年やってきてたのに、いまこれをするだけで幸せ。津波がくるまでは、日常の仕事でいやいややっていたんですが、やっぱり楽しいね、ありがとう」と、しみじみ話してくれたそうです。ほかには女性の化粧品なども持っていったそうです。そこで気づいたのは、お父さんたちのものを持っていかなかったこと。そこで、こんどはみなさんのモノを持ってくるからねと声をかけると「見ていて楽しかったよ」と、言ってくれたそうです。

「今回亡くなられた方たちは、命をもって私たちにメッセージを伝えてくださったんです。『もう、こんな悲しいことがおこらないように、伝えてください』と言われました」。美鈴さんには見えたそうです。「いままでの常識はまちがっていたと、亡くなった方たちがメッセージを届けてくださっている」。

でも、日本には力があるといいます。
「これから生きていくなかで、どんどん未来は変わってきます。変わっていかなければいけないんです。日本は、もう一度見直されます。きっと。そんなことがおこります。日本には、考える力、寄り添う力があるんです」。

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